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札幌地方裁判所 昭和52年(わ)655号 判決

被告人 八木澤龍介 外二名

主文

被告人八木澤龍介を禁錮一年に、被告人野田潔を禁錮一年及び罰金五万円に、被告人大浦辰午を禁錮一年に各処する。

被告人野田潔においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日からそれぞれ二年間、被告人野田潔に対しその禁錮刑の、被告人大浦辰午に対しその刑の各執行を猶予する。

訴訟費用のうち、証人柿坂トシ、同小野安広、同高義夫及び同ト部彪に関する分はその二分の一宛を、その余の訴訟費用はその三分の一宛を被告人野田潔及び同大浦辰午の各負担とする。

理由

第一被告人三名の経歴等

一  被告人八木澤龍介について

被告人八木澤は、北海道江別市で出生し、昭和一一年地元の尋常高等小学校高等科を卒業後、家業の和菓子製造業の手伝い、船舶機関員を経て、ブドウ糖製造会社のボイラーマン助手となり、昭和一七年、一級ボイラー技士免許を取得し、その後兵役をはさんで、数社でボイラーマンとして稼働し、昭和三八年八月から本件白石中央病院のボイラーマンとして勤務していた。

二  被告人野田潔について

被告人野田は、北海道留萌郡留萌町で出生し、昭和二五年、日本医科大学附属医学専門部を卒業し、昭和二六年、医師国家試験に合格して医師免許を取得し、同大学附属病院第一外科に入局し、その後赤平市立病院外科医長を経て、昭和三八年八月、個人病院白石中央病院を開設し、昭和四四年、同病院を医療法人白石中央病院(以下白石中央病院と略称する)として法人化し、爾来右病院の理事長兼病院長として現在に至つている。

三  被告人大浦辰午について

被告人大浦は、北海道空知郡栗沢町で出生し、昭和一〇年、旧制滝川中学校を卒業後、無尽会社に就職し、兵役を終えたのち、人造航空燃料の製造会社勤務を経て、北洋無尽株式会社(のちの北洋相互銀行)に就職し、同銀行検査役として勤務し、昭和四七年一月、白石中央病院に就職し、同年五月、同病院の常務理事となり現在に至つている。

第二医療法人白石中央病院の概要

一  同病院発展の推移について

被告人野田は、昭和三八年八月、札幌市白石区平和通二丁目北八八番地において、個人病院として白石中央病院を開設し、当時の病院建物は木造モルタル亜鉛メツキ鋼板葺一部二階建建物(以下「旧館」と略称する)のみであつたが、昭和四一年、隣接地に鉄筋コンクリート造二階建建物(以下「新館」と略称する)を新築し、ベツド数は一一〇床とその規模を拡大し、昭和四四年、病院組織を法人化して、内科、外科、産科、婦人科、整形外科の診療科目を有する医療法人白石中央病院を設立した。

二  同病院建物及び防火・避難施設の概要

1  建物の概要について

白石中央病院の建物は、昭和三八年に建築された木造モルタル亜鉛メツキ鋼板葺一部二階建、延床面積約一〇九八・一八平方メートルの旧館とこれに隣接して昭和四一年に建築された鉄筋コンクリート造二階建延床面積八七六・〇七平方メートルの新館とからなり、旧館と新館は廊下で接続され、旧館一階には事務室、診療室、薬局、ボイラー室、厨房室等、同館二階南端に産婦人科分娩室と新生児室、新生児室北側に看護婦詰所、南北に通ずる中央廊下をはさんで両側に産婦人科入院室七室等、右看護婦詰所の北側横と右中央廊下北端付近の洗面所横に一階に通ずる階段がそれぞれ存し、新館には一、二階とも内科、外科、整形外科の入院室二二室等があつた。

2  防火・避難設備の概要について

(1) 旧館一階

防火設備として、手押火災報知器が食堂、洗濯室前中廊下及び看護婦休憩室前廊下に各一個、火災感知器が主要各室に合計約五〇個(なお、本件火災発生場所である第一診察室に設置されたものはいわゆる熱感知器である)消火器が主要個所に合計二〇本、消火栓が中待合室前廊下及び事務室前廊下に各一個各存するほか、同病院内の全火災感知器と連動し標示板のランプの点灯によりいずれの感知器が作動したのかを標示するとともに各所の火災報知ベルを作動させる火災警報装置が事務室に設置されており、火災報知ベルは、同室と廊下に合計五個存した。避難設備として、非常口が待合室西側に一ヵ所設置されていた。

(2) 旧館二階

防火設備として、火災感知器が主要各室に約二〇個、火災報知ベルが配膳室内に一個、消火器が五号室前廊下及び調乳室に各一本、消火栓が五号室前廊下に一個、各設置され、避難設備として、非常口が中央廊下北端に一ヵ所設置され、非常階段により戸外へ脱出しうるようになつていた(なお右非常口の扉は常時南京錠で施錠され、鍵はその旨表示して看護婦詰所に保管されていた。)ほか、新生児室には新生児搬出用担架(一個で新生児四名位を搬出しうるもの)二個が備え付けられてあつた。

(3) 新館

防火設備として、各室に火災感知器、各階に火災報知ベル、各階中央廊下に消火栓がそれぞれ設置され、避難設備として、各階に非常口が設置されているほか、二階非常口には降下用救助袋が備え付けられてあつた。

三  同病院組織の概要について

医療法人白石中央病院の役員は、理事長兼病院長の被告人野田以下常務理事被告人大浦外常勤理事三名、非常勤理事五名及び非常勤監事二名で構成され、医療業務等に従事する職員は、医師が被告人野田を含め四名、看護婦が助産婦、準看護婦、見習看護婦を含め二九名(うち助産婦五名、但し一名は夜間当直のみのアルバイト、準看護婦三名、見習看護婦二名が旧館勤務)薬剤師、検査技師、マツサージ師、レントゲン技師等六名、事務職員は、実質上の事務長の職務も担当していた常務理事の被告人大浦以下事務係、運転手、給食賄婦、調理師、ボイラー係等約二〇名が勤務し、そのほか、入院患者と個別に契約して入院患者の介添をする付添婦及び警備会社と白石中央病院間の契約により、同会社から派遣された夜警員一名も同病院で稼働していた。

第三罪となるべき事実

一  被告人八木澤龍介は、右医療法人白石中央病院のボイラーマンとして、同病院のボイラー及び暖房設備の操作、維持、管理等の業務に従事していたものであるが、同病院旧館は建築後一三年余を経た木造の建築物であり、同館二階には新生児や単独歩行困難な者を含む患者が多数収容されていて、同建物で火災が発生した場合はこれらの者の生命、身体に危害の及ぶ虞が極めて大きかつたところ、当直勤務中の昭和五二年二月六日午前七時二〇分ころ、同病院旧館一階第一診察室南側モルタル壁から戸外に約二三センチメートル突出している暖房用配管の蒸気抜き用パイプであるドレンパイプがたびたび凍結して蒸気の送流が妨げられることがあつたので、当日も同パイプが凍結しているのではないかと思い右第一診察室に同室の放熱器(ラジエーター)の点検に赴いたところ、右放熱器が放熱していなかつたため、その原因が同パイプの凍結によるものと考え、携行していた圧電点火装置付ガストーチランプ(昭和五三年押第一六号の1)の炎を噴射して同パイプの凍結を融解しようとしたのであるが、その際、前記業務に従事する被告人としては、右トーチランプの炎は極めて高熱であり、また、右モルタル壁と同パイプの周囲にはすき間が存するうえ、同壁内側には下地板など燃焼しやすい物があり、更に、同パイプ先端は雪庇に覆われ、その露出部は右モルタル壁から約八センチメートルに及ぶ部分のみであつて、右露出部に炎を噴射しようとすれば、勢い同壁に接近した個所に炎を噴射することとなり、右すき間から同壁内に炎ないし炎による高熱が流入し、同壁内の下地板等に着火する危険性が大きかつたのであるから、同パイプの凍結を融解するにあたつては、除雪をして同パイプ先端部を露出させ、その先端部に炎を噴射するなどして、炎を壁から離れた個所に噴射し、万が一にも炎ないし炎による高熱が同壁内に流入しないように配慮し、もつて、火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然、右トーチランプの炎をモルタル壁近くの同パイプ露出部分に約二分間に亘つて噴射し、前記すき間から炎ないし炎による高熱を同壁内部に流入させて同壁内部の下地板等に着火させた過失により、間もなく、火を右下地板などから前記第一診察室の壁体、柱、天井板等に燃え移らせ、よつて、畠山イヨ外多数の者が現在する前記旧館建物を焼燬するとともに、後記二記載の相被告人野田潔及び同大浦辰午の過失とあいまつて、右火災により、旧館二階病室に入院中の患者及び新生児のうち、畠山イヨ(当時五三歳)、三沢敏勝(昭和五二年一月八日生)、櫻木正志(同年二月二日生)及び櫻井慶子(同月四日生)を焼死させ、かつ、落合禮子(当時二九歳)に対し全治まで約三週間を要する右足関節血腫の傷害を、畠山イヨの付添人畠山義明(当時五二歳)に対し全治まで約二週間を要する両手挫傷、顔面火傷の傷害をそれぞれ負わせた

二  被告人野田潔は、同病院の理事長兼病院長として、同病院の経営管理事務の一切を掌理統括する業務に従事し、被告人大浦辰午は、同病院の常務理事兼実質上の事務長として、被告人野田を直接的に補佐するとともに、医療業務を除く同病院の経営管理事務を実質的に掌理する業務に従事していたものであるが、前記一記載のとおり、同病院、特にその旧館が建築後一三年余を経た木造建築物であり、旧館二階には新生児や単独歩行困難な者を含む患者らが多数収容されていて、同建物で火災が発生した場合は、これらの者の生命、身体に危害の及ぶ虞が極めて大きかつたのであるから、右経営管理事務の一分野である防火防災面において、入院患者らを初め病院関係者の安全を確保するための万全の措置を講ずるべき職務を有する被告人野田及び大浦としては、火災発生の防止に努めるばかりでなく、何らかの理由による火災発生の場合に備え、右新生児、患者らを夜間宿直時における人員配置によつても安全確実に救出、避難誘導しうるよう、予め、火災報知ベル作動時における火災発生の有無、出火場所の確認、通報、火災発生の際における非常口の開錠、新生児の搬出、患者らの避難誘導等に関する具体的対策をたて、各従業員らが災害時において具体的に何をなすべきかの手順、役割分担を示す行動準則を定め、これを同病院の看護婦、夜警員その他関係従業員らに周知徹底させるとともに、これに基づき、右の者を指揮監督して十分な避難訓練を実施し、もつて、火災により死傷者が生ずることがないよう未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、いずれもこれを怠つた過失により、前記一記載のとおり、旧館一階第一診察室から出火した際、旧館二階当直看護婦、助産婦、夜警員らをして迅速適切な通報、救出、避難誘導行為を行わせることができず、同記載のとおり畠山イヨら四名を焼死させ、落合禮子ら二名に傷害を負わせた

三  被告人野田潔は、同病院の管理権限を有するものであるが、昭和五一年九月二五日、さきに同病院の防火管理者として定めていた南正が同病院を退職したことによりこれを解任したにもかかわらず、所轄の白石消防署長に対し、遅滞なく右解任した旨を届け出なかつた

ものである。

第四証拠の標目(略)

第五法令の適用

被告人八木澤の判示第三罪となるべき事実一の所為中、業務上失火の点は刑法一一七条ノ二前段(一一六条一項)、罰金等臨時措置法三条一項一号に、業務上過失致死傷の点はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人野田及び同大浦の同二の各所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人野田の同三の所為は消防法四四条六号、八条二項にそれぞれ該当するところ、被告人八木澤の右一の業務上失火と各業務上過失致死傷は一個の行為で七個の罪名に触れる場合であり、被告人野田及び同大浦の右二の各業務上過失致死傷はいずれも一個の行為で六個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、いずれも一罪として犯情の最も重い畠山イヨに対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、被告人八木澤の右一の罪並びに被告人野田及び同大浦の右二の各罪につき、いずれも所定刑中禁錮刑を、被告人野田の右三の罪につき所定刑中罰金刑をそれぞれ選択し、被告人野田の右二の罪と右三の罪は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条一項により、右二の罪の禁錮と右三の罪の罰金とを併科することとし、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人八木澤を禁錮一年に、被告人野田を禁錮一年及び罰金五万円に、被告人大浦を禁錮一年に各処し、被告人野田がその罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金二〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から被告人野田に対し二年間その禁錮刑の、被告人大浦に対し二年間その刑のそれぞれ執行を猶予し、訴訟費用のうち証人柿坂トシ、同小野安広同高義夫及び同ト部彪に関する分はその二分の一宛を、その余の訴訟費用はその三分の一宛を、刑事訴訟法一八一条一項本文により、被告人野田及び同大浦にそれぞれ負担させることとし、被告人八木澤に対しては、同法一八一条一項但書を適用して、訴訟費用を負担させないこととする。

第六当裁判所の判断

前掲の関係証拠に基づき、当裁判所の認定及び判断を述べることとする。

1  本件火災の状況について

(1)  本件火災当時における入院患者らの状況

昭和五二年二月六日当時の入院患者は、旧館に、新生児六名、単独歩行困難者を含む患者二一名、新館に患者六三名が、病院職員は、旧館当直看護婦、同助産婦各一名、新館当直看護婦二名、旧館にあるボイラー室にボイラーマン一名(被告人八木澤)、旧館にある厨房に給食賄婦四名がそれぞれ在院していたほか、新館及び旧館に付添婦各一名、旧館にある事務室に警備会社から派遣されていた夜警員一名が在院していた。本件火災発生当時、右入院患者の多くが起床直後で、洗顔をするなどしており、病院職員はそれぞれ所定の業務に従事していた。

(2)  旧館一階第一診察室付近からの出火、関係者の対応、入院患者らの避難、消火の状況等

昭和五二年二月六日午前七時四九分ころ、火災報知ベルが鳴つたので、旧館一階事務室にいた夜警員鈴木鼓(当時六三歳)が同室に設置された火災発生場所を表示する火災報知盤を見たところ、外科外来と標示された個所のランプが点灯していた。右鈴木と、たまたま同事務室に居合わせた入院患者の付添人畠山義明は、直ちに旧館一階第一診察室に赴いた。右畠山は、同室のドアのガラス窓越しに煙を発見し、消火器を持つて同室に駆けつけて来た給食賄婦から消火器を受け取り、同室内に入つたところ、窓際が煙で一杯であつたので、直ちに右消火器の消火剤を噴射し、更に、何本かの消火器の消火剤を噴射したが、火勢は強まる一方であつたため、遂に消火を断念し、同室から避難した。一方、夜警員の鈴木は、右診察室の火災の状況を見て狼狽し、その場に居合せた賄婦に消防署に通報するよう依頼し、自らはそのまま新館に退避した。

その後、右畠山は直ちに妻イヨのいる旧館二階八号室に戻り、同女を避難させるべく、身仕度をさせ、同女を右手で抱えて廊下に出たが、そのころは、同階廊下には既に煙が充満し、立つて歩けるような状況ではなかつたので、同女を引きずり、床を這うようにして同階非常口までたどりついた。ところが、非常口の扉は南京錠で施錠されていたため、右畠山は、右扉を二回位足蹴りしたものの開扉することができず、扉上部の窓ガラス(金網入りガラス)を手拳で叩き割り、所携のバツグを頭にのせて頭から右窓ガラスめがけて体当りして脱出口を開け、そこから屋外非常階段踊場に出、右イヨの着衣をつかんで引き上げようとしたものの、右脱出口から火炎が顔面に吹きかかつてきたため、逐に同女の救出を断念し、自らはかろうじてその場から避難した。その結果、右イヨは、非常口付近廊下で焼死し、また、右畠山義明は、判示認定のような傷害を負うに至つた。

一方、旧館当直助産婦の遠藤千恵子(当時五〇歳、夜間当直のみのアルバイト勤務)は旧館二階予備室において、また、同見習看護婦松浦法子(当時一八歳)は、同階看護婦詰所において、それぞれ、同日午前七時四九分ころ、同階配膳室に設置されている火災報知ベルが鳴るのを聞き、同室に赴いた。しかし、両名は、以前にも、実際の火災ではないのに火災報知ベルが鳴つたことが何度もあつたため、この場合も火災以外の原因で作動したものと軽信し、その場にいた付添婦らと「ベルの停止ボタンはどこにあるのだろうか」などと話しながら同ベルの停止ボタンを捜したが見つからないので、右松浦は右ベルを聞いて室から廊下に出ていた入院患者らに対し「落ちついて下さい。何ともないです。」などと指示し、右遠藤は便所に行くなどをして、火災発生の有無及び出火場所の確認をしなかつた。ところが、右火災報知ベルが作動してから二、三分後、右配膳室から看護婦詰所へ戻りかけていた右松浦は、右詰所北側横階段から煙が上つて来るのを発見して、初めて火災に気付き、狼狽し、踵を返して五号室及び六号室の入口から入院患者らに対し避難するよう声をかけたものの、直ちに新生児を搬出することや非常口の開錠をして患者らを避難誘導することには思い及ばなかつた。一方、便所内で館内の異常なざわめきを聞きつけた右遠藤は、火災が発生したと思い、便所を飛び出して廊下に出たところ、右階段から上つて来る煙を認め、直ちに新生児搬出のため新生児室に飛び込んだ。そして、同室入口近くの新生児三名を抱きかかえ、煙をくぐつて同階非常口まで走り、非常口の扉に体当りをしたものの開かなかつので、一旦、その場にいた右松浦に新生児を手渡し、非常口横の窓から屋外非常階段に出たうえ、右松浦から順次三名の新生児を受け取り、これを救出した。しかし、そのころには旧館二階の廊下は煙が充満し、新生児室に戻ることは不可能となつたので、残る新生児三名を搬出することができず、その結果右三名は同室において焼死した。

当館二階の入院患者のうち一〇数名は、火災の発生を知つたのち、自ら前記洗面所横階段を通つて一階へ降り、同階厨房、食堂を経て新館に至り、新館裏口から戸外へ避難した。一方、落合禮子ら残り数名の入院患者は、歩行困難等のため避難が遅れ、既に廊下には煙が充満していたため右階段から避難することができず、右遠藤らが新生児を救出しようとしていた非常口横の窓から飛び降りて脱出した。その際、右落合は非常階段上で転倒し、判示認定のような傷害を負つた。

一方、新館入院患者らは、全員無事に避難することができた。

(3)  本件火災の鎮火状況

給食賄婦斉藤孝子は、本件出火場所である旧館第一診察室に駆けつけたところ、既に同室内は火炎で真赤になつていたので、自力消火は無理であると判断し、事務室電話から消防署に通報しようとしたものの通じず、事務職員ト部彪方に電話をして火災の発生を知らせた。これを聞いた右ト部は妻を介して病院長である被告人野田方に電話をかけ、火災の発生を知らせ、同被告人の妻佳子において、同日午前七時五四分ころ、消防署に本件火災の発生を電話通報した。右通報を受けて、消防車両二九台(うち放水車一〇台)が出動し、同日午前七時五八分、放水を開始したが、既に旧館内部から火煙が吹き上げており、新生児救出のため消防士が非常階段踊場まで進入したものの、熱気のためそれ以上進むことができず、救出を断念し、その後は専ら放水による消火活動を行い、その結果、本件火災は同病院旧館二階全部及び一階一部合計延面積約六四八平方メートルを焼燬し、同日午前九時三五分ころ鎮火した。しかし、右火災により、前記のとおり、四名の死者と二名の負傷者を生ずるに至つたものである。

2  被告人八木澤につき判示第三の一の罪となるべき事実を認定した理由(弁護人の主張に対する判断)

(1)  注意義務の根拠としての業務性について

被告人八木澤の弁護人は、まず業務上失火罪における業務性につき〈1〉同被告人が業務者として高度の注意能力を有し、かつ期待されるのは、ボイラーマンとしての本来的職務の範囲内であるが、配管の解凍作業はボイラーマンとしての本来的職務ではないこと、〈2〉仮にスチーム配管の流通の確保がボイラーマンとしての付随的業務であるとしても、配管の流通維持のためにトーチランプの使用が職務上必然的に要請されていたわけではないからトーチランプの使用がボイラーマンの付随的職務に含まれるものでもないことなどを理由に同被告人がトーチランプを使用してドレンパイプの解凍作業に従事していたことの業務性を否定し、また、業務上過失致死傷罪における業務性につき、トーチランプを使用すること自体が当然に生命、身体に対する危険を包蔵した危険業務ではないことを理由にその業務性を否定する。

しかし、前掲関係各証拠によれば、〈1〉同被告人は、白石中央病院のボイラーマンという社会生活上の地位に基づき、ボイラーの維持管理の職責を有し、ボイラーの圧力を一定に保持するため、蒸気が配管内を流通するよう配慮すべき職務を有するところ、右配管内が凍結して蒸気の流通が阻害されれば、何らかの手段で配管内の凍結を融解させることが同被告人の本来の職務に付随してなすべき作業となること、〈2〉配管内の凍結を融解させるためにはトーチランプの使用が必然的に要請されるものではないが、本件においてトーチランプが購入された後は、凍結のつど被告人においては、同年一月二八日及び二月一日ころの二回に亘り、トーチランプを使用して解凍作業を行つており、従つて、同被告人は、反覆継続の意思のもとにトーチランプを使用していたものと認められること、〈3〉トーチランプの火炎は後記のように極めて高熱であるから、その使用方法が本件のように新生児や、自力歩行の困難な重症患者らを含む多数人の現在する木造家屋の壁付近において、壁面から突出したドレンパイプに火炎を吹きつけるという態様のものであればそれ自体右壁等に着火する可能性をはらむ行為であり、その結果、火災を発生させ人を死傷させる危険性すら帯有する行為であることは明らかで、同被告人のトーチランプによる配管の解凍作業は危険業務にあたることが各認められ、以上によれば、被告人八木澤の本件所為は、本来の職務に付随し反覆継続の意思でなされた危険な作業という意味において、業務上失火罪、業務上過失致死傷罪の両罪の関係で業務性を有するものと解せられる。

(2)  火災発生の予見可能性等について

被告人八木澤の弁護人は、〈1〉同被告人はトーチランプを使用するに際して、トーチランプの火炎の長さについての認識を欠いており、当時雪庇による遮断のため、そもそもトーチランプの火炎はドレンパイプには届かないものと考えており、パイプにそつてトーチランプの火炎が流入するという考え方は当初から念頭になかつたこと、〈2〉パイプと壁のすき間の存在は、火災発生の一応の因果関係が明らかにされた後の取調において過去における目撃という経験をもとにして、本件行為当時の認識に加えたものであること、〈3〉モルタル壁内部の状態の知悉という点は、モルタル壁内部の構造の一般的常識をもつて行為当時の認識に置きかえたものであること、〈4〉モルタル壁を貫通しているドレンパイプは基礎コンクリートを穿孔しているものと考えていたことを理由に、火炎の流入による火災発生の結果の予見可能性がなかつた旨主張する。

しかし、前掲関係各証拠によれば、〈1〉被告人八木澤が本件トーチランプを使用したのは、本件火災以前にも数回あり、火炎の凡その長さについての認識を有していたと認められること、〈2〉ドレンパイプとその周囲のモルタル壁との間に指が入る位のすき間があること及びモルタル壁内部の材料が可燃物であることを了知していた旨同被告人自身が認めていること、〈3〉ドレンパイプが基礎コンクリートを穿孔していると考えていた旨の弁解は、公判廷において初めて供述されたもので、同被告人が右ドレンパイプの突出している付近で作業に従事したことがあることや同人の同病院におけるボイラーマンとしての勤務年数等に照らし、にわかに措信し難いこと、〈4〉同被告人自身、トーチランプの火炎がモルタル壁とドレンパイプの間のすき間から壁内部に流入しないかを心配しながらトーチランプを使用した旨認めていることが各認められ、以上によれば、同被告人が、トーチランプの使用により火炎ないし火炎による高温が右すき間から壁内部に流入し、下地板等に着火し、火災が発生することを予見しえたことは明らかである。また、同被告人が適切な行為をなすことにより、火災発生を回避しえたことも明らかであつて、同被告人にそのようになすべき注意義務が存したことはいうまでもないところである。

(3)  注意義務の懈怠について

被告人八木澤の弁護人は、同被告人は、トーチランプの火炎の噴射をできるだけドレンパイプの先端に近い方に向け、かつ、同パイプからできるだけ距離を置いて行つたものであり、トーチランプの火炎を壁から離れた箇所に噴射するにつき十分な配慮を払つていたから注意義務の懈怠はなかつた旨主張する。

しかし、前掲関係各証拠によれば、同被告人は、本件トーチランプの火炎の長さを最大にして、その火炎噴射口をモルタル壁と積雪との間の約八センチメートルの空間に差し込み、トーチランプをその間に固定するようにして、約二分間に亘り、火炎を噴射したものと認められ、特に火炎がドレンパイプと周囲のモルタル壁との間のすき間に流入しないよう十分な配慮を払つていたという事情は認められないから、同被告人に判示のとおりの注意義務の懈怠があつたことは明らかである。

(4)  注意義務の懈怠と本件火災との因果関係について

被告人八木澤の弁護人は、〈1〉同被告人は、できるだけドレンパイプの先端の方へ火炎を噴射していたもので、モルタル壁と雪庇との間には約八センチメートルのすき間があり、右すき間からトーチランプの噴射口を垂直に差し入れて噴射したとすれば、その炎があたる直下の地点は少なくとも壁から四センチメートル離れた地点になること、〈2〉雪庇によりトーチランプの降下を阻まれた地点は、ドレンパイプの露出部から約二七センチメートル上方の地点であり、トーチランプの噴射口の長さは約九センチメートルであるから、噴射口先端から同パイプまでの距離は約一八センチメートルということになり、トーチランプの火炎の噴射を最大限にしたときの火炎の長さに一致し、トーチランプの火炎はやつとパイプに届くかどうかという状態にあつたこと、〈3〉同被告人がトーチランプの火炎をゆらしたことはなく、雪庇下は空洞になつており、風等の外的作用によつて火炎がゆれる可能性もなかつたことを理由に、火炎がモルタル壁とドレンパイプ周囲のすき間から流入し下地板などに着火したという事実関係の証明は十分でない旨主張する。

しかし、前掲関係各証拠によれば、〈1〉本件火災の発火場所は、被告人八木澤がトーチランプを使用した個所であり、同所付近には他に火気がなかつたこと、また火災発生の時間も右使用後まもなくであること、〈2〉本件トーチランプの火炎は、最大の長さが噴射口から約一八センチメートル、最高温度が先端部で摂氏約八〇〇度、中心部で約一二〇〇度であり、ドレンパイプに対する火炎の噴射距離が一五センチメートル以内であれば、火炎の中心からパイプの延長方向に二・三センチメートルの範囲は容易に摂氏八〇〇度前後の熱を受ける状態にあり、モルタル下地板などに着火する可能性が大きいこと、〈3〉ドレンパイプに対する火炎の噴射距離を一二センチメートルとし、モルタル壁から約三センチメートル離れた個所に火炎を噴射すると火炎が同壁内に流入することが認められること、〈4〉雪庇によりトーチランプの降下を阻まれた地点がドレンパイプの露出部から二七センチメートルないし三〇センチメートル位上方である旨の被告人八木澤の供述は、真上から見た際の凡その感じを述べるものであり、右の距離感が不正確であることは同被告人自身が認めていて、右の間隔がもつと短距離であつたと認めうる余地があること、〈5〉同被告人は前記(3)で述べたような態様で火炎を噴射したことが各認められ、以上によれば、トーチランプの火炎噴射による火炎ないし火炎による八〇〇度前後の高温が、モルタル壁とドレンパイプ周囲のすき間から同壁内に流入し、下地板等に着火して燃え広がり本件火災に至つたものと認める外はなく、してみれば、被告人八木澤の前記注意義務の懈怠と本件火災との間に刑法上の因果関係が存在することも明らかである。

(5)  注意義務の懈怠と本件死傷との因果関係について

被告人八木澤の弁護人は、〈1〉防災機器の普及や防災体制の完備が一般的認識まで高められている今日にあつては、一般にそれら防災措置が機能することによつて因果の流れを遮断することができ、本件病院のような消防法上のA級対象物については、危険を現実に解消すべく法を通して結果回避措置としての防火体制の完備が図られており、一般的には、右防火体制が正常に機能することによつて死傷の結果が生ずることはないと常識的に信頼されていること、〈2〉本件火災は瞬時の爆発事故とは異なり、死傷の結果を回避するための避難行動を起こす時間的余裕は十分に与えられており、本件死傷の結果を招来したのは、もつぱら火災発生の場合当然に機能すべき結果回避措置としての防火体制が全く機能せず、初期の避難活動が適正になされなかつたことによること、〈3〉本件死傷の結果は、同被告人にとり全く予想外の事態の進展であり、その行為により定型的、一般的に予想される構成要件的結果は物的焼燬の範囲にとどまり、死傷の結果についてまでは定型性を肯定しえないことを理由に、同被告人の注意義務の懈怠と本件死傷の結果との間には、相当因果関係がない旨主張する。

しかし、前記のような本件火災発生の時刻、本件旧館の素材、構造、入院患者等の状況等に照らせば、弁護人が主張するような、防火管理体制が正常に機能することにより死傷の結果が生ずることはないと一般的に期待することは到底肯認しえず、本件のような状況の下に火を失すれば、死傷者が発生する場合があることは、日常の経験則上一般的に予想しうることといわなければならないから、被告人八木澤の前記注意義務の懈怠と本件死傷の結果との間に刑法上の因果関係が存在することは否定しえないところである。

3  被告人野田及び被告人大浦につき判示第三の二の各罪となるべき事実を認定した理由(検察官、弁護人の主張に対する判断)

(1)  注意義務の根拠について

被告人野田及び同大浦の弁護人は、先ず被告人野田につき、〈1〉白石中央病院の理事長兼病院長である被告人野田は、実質は医療業務のみに従事し、防火消防を含む一般業務の執行については、殆んど他の理事に委ね、事前ないし事後に理事長として報告を受け決済するという形式を整えていたにすぎず、これは医療法人という特殊性からくる必然的結果であること、〈2〉仮に被告人野田が消防法上の防火管理権限者であるとしても、管理権限者として負担する義務は、防火管理者を定め、当該防火対象物について防火管理上必要な業務を行わせてこれを指揮監督すべきものであつて、防火対象物につき防火管理上必要な業務を自ら直接行うべき義務を有するとすることは論理の飛躍であること、〈3〉条理上、防火管理上必要な業務を自ら行うべき義務を有するとしても、右条理上の義務違反が直ちに刑法上の注意義務違反に直結するものではないことを理由に、被告人野田につき判示認定のような刑法上の注意義務が課せられることはない旨主張し、一方、被告人大浦につき、〈1〉被告人大浦は消防法上の管理権限者ではないから、防火管理者をして防火対象物について防火管理上必要な業務を行わせてこれを指揮監督することを義務づけられているわけではなく、ましてや右防火管理上必要な業務を自ら直接行うべき義務を有するものでないこと、〈2〉条理上、防火管理上必要な業務を自ら行うべき義務を有するとしても、右条理上の義務違反が直ちに刑法上の注意義務違反に直結するものではないことを理由に、被告人大浦についても、判示認定のような注意義務が課せられることはない旨主張する。

しかし、被告人野田は、前記のとおり、白石中央病院の理事長兼病院長として、同病院の経営、管理事務の一切を掌理統括する最高責任者であり、現実にも、同事務につき、事前ないし事後において、常務理事である被告人大浦や事務職員らから報告を受け、適宜指示を与えるなどしてこれを統括していたものである。そして防火防災が同病院の経営管理の一分野であることはいうまでもないから、同被告人は、消防法上の防火管理者の選任の有無にかかわらず、同病院における入院患者らの生命、身体の安全を確保するため、防火防災の面で万全の対策を講ずるべき義務を負うことは条理上当然である。もとより同被告人が防火防災管理に関連して負うべき一切の義務について刑法上の注意義務をも負うものとは解し難いが、右義務の内容如何によつてはこれについて刑法上の注意義務を負うべき場合があることは明らかである。また、被告人大浦は、前記のとおり、同病院の常務理事兼実質上の事務長として、被告人野田を直接的に補佐し、被告人野田が医師として医療業務に多くの時間を費やすところから、同病院の経営管理事務のうち医療業務を除くその余の業務については、実質的には、被告人大浦においてこれを掌理していたものと認められるので、同被告人は同病院における入院患者らの生命・身体の安全を確保するため、防火防災の面で万全の対策を講ずるべき義務を負い、右義務の内容如何によつてはこれにつき刑法上の注意義務を有するに至るものと解すべきこと被告人野田について述べたのと同様である。

(2)  本件注意義務の内容について

前記(第六の1、(1))のように新生児や単独歩行困難者を含む入院患者を収容し、第二、二、1で述べたような素材、構造からなる本件病院――特にその旧館――において火災等が発生した際、火災の通報や新生児、入院患者らの救出、避難誘導等を直接担当すべき看護婦その他関係従業員らに不適切な行動があると容易に大事に至るべきことは何人にとつても予見可能であるところ、前記のような職責を有する被告人野田、同大浦が、予め火災発生の場合に備え、関係従業員らに対し、同人らにおいて火災発生の際適切な行動をとりうるよう判示罪となるべき事実として摘示したような措置、即ち同摘示の如き具体的対策、行動準則の定立、その関係従業員らに対する周知徹底、これに基づく訓練の実施等の措置(以下これを「関係従業員らに対する訓練等の措置」と称する)を講じておくべき注意義務を有することは明らかであり、右はその重要性、喫緊性に鑑み、刑法所定の業務上の注意義務にほかならないものと解せられる。

なお、検察官は、右の注意義務に加えて、〈1〉旧館二階の非常口につき、緊急の場合屋内から鍵を用いないで解放できる設備に改善するかあるいは病院従業者に対し合鍵を常時携帯させるなどして、緊急の場合直ちに解錠できる措置を講ずるべきこと、〈2〉当直時にあつても新生児を含む入院患者を迅速かつ確実に救出ないし避難誘導しうる人員を配置すべきことの注意義務があり、本件においては、右各注意義務についても懈怠があつた旨主張する。しかし、先ず旧館二階非常口の施錠の点は、同階が産婦人科病棟であることから、新生児の誘拐防止、風紀の保持、入院患者らの無断外出の防止等相応の理由に基づく措置であるし、非常口の鍵は、二階看護婦詰所内の、詰所と新生児室を仕切る窓枠に非常口の鍵である旨表示した札に結びつけて吊るされてあつたもので、鍵のある看護婦詰所が右非常口からさほど離れていないことをも考慮すると、看護婦らに対し緊急災害時において直ちに非常口を開錠すべきことが周知徹底されている限り早期の開錠は十分可能であると認められるので、屋内から鍵を用いないで解放できるような設備に改善しなかつたこと及び病院の従業員全員に合鍵を携行させなかつたことをもつて刑法上の注意義務違反があるとまではにわかに断定し難い。

次に当直時の人員配置の点についてみるに、なるほど本件当直看護婦等として二名を配置したことは旧館収容中の新生児、患者の数に照らし、決して十分な人数とはいえないし、結果論として、仮により多くの当直人員が配置されていたなら、本件死傷の結果が回避されたと認めうる余地があることも否定しえないが、他方、前記のような関係従業員らに対する訓練等の措置が講ぜられているならば、右人員配置によつても新生児、患者の救出、避難誘導をなしえたと推認すべき高度の蓋然性が認められること、本件病院における当時の看護婦等の数が、同病院に収容されている新生児、患者らの数との比率において、同種他病院におけるそれより特に少なかつたとも認め難いこと、慢性的に看護婦が不足し、人員確保が困難な中で医療業務その他を遂行せざるをえなかつた同病院の実状等を勘案すると、右の人員配置の点をとらえて、被告人野田、同大浦に刑法上の注意義務違反があつたとまで断定するのは相当でないものと解せられる。

しかして、非常口施錠の状況、夜間における当直人員配置の状況が右のようなものであつた以上、前記の如き関係従業員らに対する訓練等の措置を講じておくべきことの緊要性は一層強度であつたものというべきである。

(3)  注意義務の懈怠について

被告人野田及び同大浦の弁護人は、〈1〉病院における消火・避難等の訓練は、一般の会社、学校などとは異り、一度に全員が参加することはできず、歩行困難な入院患者もおり、その訓練方法についても相当の制約を受けるが、その制約下で、白石中央病院においては、同程度の規模の病院が実施している程度、即ち、一般に病院に要求される程度の消火訓練、避難訓練は毎年実施していたこと、〈2〉火災報知ベルが鳴つたときの措置については、感知設備の示す出火場所を現実に点検確認して通報するということは必ず実行しており、本件においても、夜警員鈴木が出火場所確認に赴いており、また、旧館当直看護婦の松浦及び遠藤も自己の持場である旧館二階は点検して異常の有無を確かめているのであり、しかも専門的職業人である夜警員をして火災報知盤の監視に当らせ、これに出火場所の確認、通報の任務を負担させている以上、それを超えて、右報知盤を直接監視しえない右当直看護婦にまで出火場所の確認、通報等右以上の行動をとるべき任務を与えることは、一般的に考えられないことを理由に、被告人野田及び同大浦につき、判示認定のような注意義務の懈怠はなかつた旨主張する。

しかし、前掲関係各証拠によれば、〈1〉被告人野田及び同大浦において、前記のような関係従業員らに対する訓練等の措置を講じていなかつたことは明らかである。本件において、年一回程度の避難訓練は行われていた旨の供述も存するが、そこにいわゆる訓練の内容は、一部の病院従業員による救助袋を使用しての降下訓練や消火器を使用しての消火訓練程度のもので、現実の白石中央病院における建物の構造、人員配置(特に当直時)及び入院患者等を想定した実効性のある具体的、組織的訓練とは認められない。一般に、病院において右訓練等を実施することはある程度の困難性を伴うことは肯認しうるが、それが不可能であると認めることはできない。

被告人野田、同大浦の右注意義務の懈怠に伴い、前記夜警員鈴木鼓、見習看護婦松浦法子、助産婦遠藤千恵子らにおいて、本件火災に際し、適切な行動をとることができなかつたことは、前記第六の1「本件火災の状況について」(2)で認めたとおりである。

この点につき、本件火災において、右鈴木が火災報知ベルを聞いて直ちに標示板に標示された箇所へ火災発生の有無確認に赴いていることは弁護人主張のとおりであるが、右鈴木はもはや自力では消火することが困難な火災の発生を現認したのであるから、直ちにこのことを病院内に通報すべきであるのにこれをなさず、また右松浦及び遠藤は、火災報知ベルが鳴つている以上その原因を解明するため、旧館二階内部の確認のみならず、直ちに火災報知盤のある旧館一階事務室に電話をかけるなり赴くなりして火災発生の有無を確認すべきであるのに、これをなさず、また火災による作動ではない旨軽信し、安易に入院患者らに対し、何事もない旨告げ、その後火災の発生を認めるや狼狽し、一部の入院患者に避難するよう声をかけたのみで、直ちに非常口を開錠するということもなかつたのであり、(前記のとおり、同人らにおいて右各措置をとり得る時間的余裕があつたことは明らかである。)これら夜警員及び当直看護婦らの不適切な行為が、本件避難活動の致命的な遅延につながり、本件死傷の結果を招いたといえるのであつて、これらの者に右に述べる程までの任務を課するのは相当でない旨の弁護人主張は到底採用することができない。

(4)  注意義務の懈怠と本件死傷との因果関係について

被告人野田及び同大浦の弁護人は、〈1〉本件当直看護婦松浦は二〇歳に満たない見習看護婦で採用後いまだ八か月位であつたから、年二回程度の簡単な避難訓練を受けていたとしても、生まれて初めて現実の火災に直面したとき臨機応変、冷静沈着に判断し、短時間内に、新生児の救出、入院患者の避難誘導をなしえたか疑問であり、右松浦の火災当初の不適切な行動を直ちに年二回程度の訓練の不十分さに結びつけることは許されないこと、〈2〉旧館二階の婦人患者の大部分は右松浦の誘導により無事避難しており、負傷した婦人患者は右誘導に直ちに従わなかつたもので、避難の声と同時にこれを開始していれば無事避難しえたものであること、〈3〉夜警員鈴木は警備会社の従業員で防火、防災、防犯等がその職務であり、火災発見の際これを病院内に通報することはその最も重要な職務であつて、しかも右通報は火事だと一声叫ぶだけで足るのであるから、この程度のことができない程右鈴木が狼狽するとは全く予想しえず、そのような簡単なことを訓練することなど考えられないので、右鈴木を訓練しなかつたことと通報が遅れたこと、ひいては本件死傷の結果発生との間に因果関係があるとは言えないとし、被告人野田及び同大浦の前記注意義務の懈怠と本件死傷の結果との間には刑法上の因果関係が存しない旨主張する。

しかし、被告人野田、同大浦において、前記関係従業員らに対する訓練等の措置を講じていれば本件におけるような従業員らによる不適切な行動もみられず、従つて本件死傷の結果は回避されたものと推認すべき高度の蓋然性が認められるから、両被告人の前記注意義務の懈怠と本件死傷との間に刑法上の因果関係が存することを否定する訳にはいかない。

なお、判示落合禮子らは、単独歩行が困難なため速やかに避難することができず、付添婦に伴われてかろうじて避難したもので、同病院の関係従業員らにおいて本件火災の発生に対し適切に対処していれば、同女が本件受傷に至らなかつたものと推認されることその余の被害者におけるのと同様である。

第七量刑の理由

本件白石中央病院の火災は、判示のとおり新生児三名入院患者一名の合計四名の焼死者と二名の負傷者を出し、同病院旧館の二階全部及び一階一部を焼失するという極めて重大な結果をもたらしたものである。本件火災の原因は、判示のとおり被告人八木澤の極めて重大な過失に基づくものであり、また、本件死傷の結果は被告人八木澤、同野田及び同大浦の判示各過失があいまつて生じたものであるところ、被害者らには全く落度はないこと及び結果が非惨かつ重大であることに鑑み、被告人三名の刑事責任はいずれも重大である。

他面、被告人八木澤についてみると、本件死傷という重大な結果が惹起されたのは、同被告人の過失行為があつたところに、前記のとおり、病院経営者において、災害時に備え関係従業員らに対する訓練等の措置を講じておかなかつたため夜警員及び当直看護婦らにおいて適切な行動をとりえなかつたという事情がつけ加わつたことによると認められ、このことは、同被告人の過失行為と死傷の結果との刑法上の因果関係を否定するものでないこと前記のとおりであるとはいえ、量刑上は、同被告人につき斟酌すべき事情である。

更に、本件新生児室がたまたま火災発生場所の真上に位置したこと、火災報知ベルが作動した時点においては既に相当程度火災が広がつていたこと等の事情は本件死傷の結果が生じたことの一因と言うことができ、この点も被告人三名につき斟酌すべき事情である。

また、白石中央病院と畠山イヨの遺族及び畠山義明並びに落合禮子との間で各示談が成立し、他の被害者遺族らに対しても同病院当局において慰謝の措置を講ずる意思を有している点は被告人三名につき斟酌すべき事情である。

従つて、被告人八木澤については、右の事情その他諸般の事情を斟酌して、主文掲記の量刑をするが、前記のとおり、その過失の内容が極めて重大であること、旧館焼失により多数関係者に多大の損害を与えていること等を軽視することができないので、実刑はやむを得ないところである。被告人野田及び同大浦については、右の事情その他諸般の事情を考慮すると、主文掲記の刑を量定したうえ、それぞれの禁錮刑の執行を猶予するのが相当と認める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井智 仲宗根一郎 橋本昌純)

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